ここは毎朝新聞の社会部である。先ほどから山岡修一は同僚の伊藤昭と喋っていた。昼食後の休憩時間である。
「ところで山岡、お前はNEWS警備保障の名前を聞いたことがあるか?」と伊藤が言った。
「いや聞いたことはない。何の警備会社だ。それは?」と山岡。
「ちょっと変わった警備会社だ。なんだか面白そうだぞ。ちょっと調べてみろよ。」と伊藤が言った時、休憩時間は終わった。
山岡は午後の仕事が一段落した後で昼間伊藤から聞いたNEWS警備保障についてネットで検索した。するとすぐにそのサイトが開いた。
「202〇年に設立された新しい警備会社。社長はもと警察庁幹部だった草薙茂氏。この警備会社はある有名企業の元オーナーが私財を投じて設立。現在役員は5名、その中に草薙氏も入っている。スタッフは100名。5人1組で活動している。すぐに駆けつけることをモットーにしている。・・・」とあった。
その夜、山岡は伊藤を一杯飲み屋に誘った。昼間の話の続きをしたかったのである。
「なあ、伊藤、調べてみたけど確かにちょっと変わった警備会社だった。」と山岡。
「だろう。何しろ謳い文句が『早くて安心、リーズナブル』ってんだからな。」
「それって、早い、うまい、安いのキャッチフレーズそっくりじゃないか。」と山岡。
「確かに早いんだ。電話1本、メール1通、ファックス1枚ですぐに2人の警備員が駆けつけてくれる。実際には5人1組で動いてる。1人は留守番だ。2人は休日だ。1日交代で動いてる。」
「設立者は知っての通り一代で大企業を育てあげた人物だ。退職した時点で彼にはかなりの資産が残った。」
「それを使ったってことか。」
「そうだ。」
「だけど普通は遺産相続させるだろう?子や孫に。」
「彼ら夫婦には子供はいなかった。親戚への遺産相続も考えたらしい。だが遺産相続争いを避けたかったらしい。」
「ふ~ん、そんなもんかねえ。」
「結局社会貢献することにしたんだよ。それがNEWS警備保障だ。」
伊藤はなかなかの情報通だった。その点では山岡は頭が上らなかった。
「NEWSってNew Essential Wave of Security だったな。」と山岡。
「そうだ。警備の新しくて必要な波と言う意味だ。新しい警備システムを作ったんだ。」
「よく社員があつまったな。いきなりの会社立ち上げだったんだろう?」と山岡。
「まず草薙社長自身が警察庁にいた時スカウトされた。そしてその他のスタッフは重役も含めて全部草薙社長が全国の現役の警察官をスカウトしたんだ。」
山岡は驚いた。
「一体どうして草薙はそんなことができたんだろう。」と思った。それを見透かしたように伊藤が言った。
「設立者はそれまでの仕事の関係で政界に結構知り合いがいたらしい。現在の内閣や与党幹部にもいるという話だ。そして設立に際し莫大な資金提供をした。400億円とも言われている。これには役員を含めて100名のスタッフの毎月の給料約3,200万円が含まれている。年にして3億8千万円強だ。さらに全員退職金が一人あたり2,000万円付いている。」
「それはどういうことだ。退職してもいないのに。」と山岡。
「この警備会社には期限が設けてある。10年だ。設立から10年経ったら会社を閉じることになっている。だからその時に備えての退職金なんだ。いっとくが給料も退職金も役員とスタッフみな同じ額だそうだ。」
伊藤は実に内部の事情に通じていた。
「しかしなんで警備会社だったんだろう?」と山岡は食い下がった。
「会社経営をしていた時、彼自身身の危険を感じるようなことがあったそうだ。当時警察に相談したがまともに取り合ってもらえなかったらしい。実際、警察に保護願いを出しても実害がない限り警察はなかなか重い腰をあげないところがある。お前もよく知っているようにこれにはいろいろ事情がある。ただ一般の国民の立場にしてみれば大変だ。事件が起きてからでは間に合わない。それまでに被害をこうむったら大変だ。かと言って警察も人手が足りない。そんな申し出があってもいちいち駆けつけるわけに行かない。ましてや24時間ずっと警備するなんて無理だ。」
「わかった。そこを解決したかったんだ。だから『早くて安心、リーズナブル』なんだろ。」
山岡はやっとわかったという顔になった。
「ただそんな会社がうまくやっていけるもんだろうか?第一人件費が大変だろう。」
「だから彼は最初に400億円をぽんと出したんだ。これでなんとかやって欲しいってことだ。」と、ここも伊藤は訳知り顔ですんなり答えた。
山岡はうなった。
「すごい話だ。」と思った。
それから10年が経過した。ある日の毎朝新聞朝刊の記事に気になるものがあった。
「NEWS警備保障は決められた10年がたったので警備保障事業を閉じることになった。しかし最初の予想よりスムースな活動ができたことと社会的要請がより大きくなったことを踏まえて事業を再開・継続することを決定した。一度退職した社員を全員再雇用するとのこと。今後は一般の株式会社としてやっていく予定。なお設立当初は役員5名、従業員100人で5名一組で活動していた。当初の活動地域は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の一都三県だった。現在は従業員300名である。現在でも5名一組で活動を続けている。実際には3人の人間スタッフと2名(2台?)の二足歩行人型ロボットの5人である。二足歩行人型ロボットを活用することで会社としての人件費を大幅に節約できたことが大きい。またこのロボットには西都工業大学の西岡博士が発明した新型充電池が使われている。これによりロボットは24時間連続で活動することが可能になった。現在、一都三県に加えて静岡、山梨、長野、群馬、栃木、茨城、福島でも活動を行っている。また全国的にも同様なシステムの警備会社が続々生まれており、日本の警備状況はここにきて大きく変わろうとしている。」
この記事は毎朝新聞の山岡が書いたものだった。
本作品は作者の創作によるフィクションであり、現実に存在するものとは全く関係ありません。
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