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α国の人口問題担当大臣は頭をかかえていた。このところα国の人口は激減の一途を辿っていた。とにかく出生数が少ないのである。その直接の理由となる結婚数の減少は誰の目にも明らかだった。とにかく結婚しない若者達が増えていた。経済的な理由と社会不安が根底にあった。α国は7年前に大きな経済危機に見舞われた。たまり溜まった国の借金である国債が大暴落したのである。同時に株も為替も暴落した。そして為替は下落の一途を辿ったが、幸いそのために輸出が有利となりなんとか5年間かかってもとの状態にまで復活できたのである。
しかしそれでも人口減少は止まらなかった。若い人たちは結婚にそれまで以上に慎重になっていたのである。世の中一寸先は闇であるというがそれを身に沁みて体験したからであった。α国はまさに高齢化社会へまっしぐらに突き進んでいたのである。
人口担当大臣は夜もろくろく寝られない日が続いていた。首相からも他の大臣達からもなんとかしろと口うるさく言われ続けてきたのである。彼は夜もうとうとしたまま朝を迎えることも多くなった。日増しに心身の疲労は蓄積していき最後は心が爆発しそうにまでなった。そういう混乱した頭と体が一つの結論に導いたのであった。
人口問題担当大臣は首相に告げた。
「首相、一つ考えていることがあります。我が国の人口減少対策として考えた時、現状ではこれ以外に方法はないと思っています。」
「ほほう、どんなアイデアかな?」と首相は冷ややかに人口担当大臣を見直した。
「それはこうです。意外なことですが我が国の人口を考える時、出生数に目がいきがちです。一方毎年の死者数にも注目する必要があります。」
「どういうことかな?分かりやすく言って欲しいけど。」と首相。
「亡くなる人の数のうち、老衰や病気で亡くなるのが70%です。あと事故、主に交通事故ですがこれは10%、そして自殺者数が15%です。残りの5%は行方不明や路上死などその他の理由です。交通事故死は車の安全装置が発達してきたのでこれから少しずつ減少していくと思います。私が注目したいのは自殺者数です。」
「自殺した人のことだな。」と首相。
「いいえ、違います。これから自殺しようとする人のことです。」
「どういうことかな?」
「もし自殺する人がいなくなればそれだけ人口減を食い止められということです。」と人口問題担当大臣。
「しかしどうやって自殺者数を減らそうというのだ?」
「自殺する人の理由は病気、失業、家庭内の問題など様々です。一番多いのは病気と経済的貧困です。ですから病気になった人が元気になればその人は自殺しないでしょう。経済的に困っている人がちゃんとした仕事につければ同じように自殺しないと思います。」
「しかしだね。病人、特に重症者を助けるには費用がかかる。助かりそうにない患者に莫大な費用をかけてまで救うことはできない。貧困状態にある人達にしてもそれなりの現金を与えるには限界がある。その人達に仕事を探してやるだけでも大変な費用がかかるだろう。費用対経済効果はどうなっている?」
「それですが・・・」と人口担当大臣はちょっと口ごもった。
「1人1人病気が治った場合や仕事が見つかった場合の効果とそれにかかる費用を細かく計算してはどうでしょうか。」
「つまり効果があると判定した人間だけ助ける訳だな?」と首相。
「そうです。しかし表立ってそんなことをしたら国民から大反発を受けます。ですからそれはうまくやる必要があります。そのために自殺防止省を新たに設置してはいかがでしょうか。」と人口問題担当大臣は言いたかったことを漸く告げた。
首相はしばらく思案していたが
「いい考えだ。急ぎ担当者を決めて調査させてくれ。その結果をみて決めよう。とにかく何でも役に立ちそうなことはやっておきたい。」と言った。
しかし大臣達の間では大問題になった。助かりそうな病人だけ助けるとか経済的に困っているがその後で国や国民の役に立ちそうな人だけを救うというのは余りにも身勝手過ぎた。結局国民にはそのような計画があったことは知らされないままこの案は中止になって闇に葬られた。
本作品は作者の創作によるフィクションであり、現実に存在するものとは全く関係ありません。
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