今から20年位前のことだった。毎朝出勤のため駅のホームに行くと白い杖をついて白い犬を連れた人に時々出会った。彼も私と同じ方向の電車に乗り込むことが多かった。彼の連れている犬は盲導犬だった。実際にすぐ近くで盲導犬を連れている人を見たのはそれが最初だったと思う。もちろん盲導犬のことは知っていたがその犬が実際にご主人を案内している姿を見たのは初めてだった。
私が早めに帰宅した時は私と同じように彼が電車の着いたホームから盲導犬に案内されながらホームを歩く姿を見かけていた。たまに土・日曜日に見かけたこともあった。こうして私はその人と盲導犬がいつも一緒に行動している姿を見るのが楽しみになっていた。見かけるとなんとなくうれしくなった。
そうして数年経っただろうか。ある日の新聞の朝刊にホーム事故の記事が載っていた。あの人だった。ホームに転落して亡くなっていた。盲導犬はホームの端に残っていたそうだ。新聞に出ていた詳細は忘れてしまった。一番驚いたのは訓練された盲導犬が一緒でもホームからの転落事故が起きるということだった。この事件のことは忘れられない。
*************************************************************************
私は現在緑内障で両目を失明している。しかし駅での電車の乗り降りについてはうまくいっている。
かつてはホームでの視覚障害者の事故が非常に多く起きていた。余りの惨状に目をおおわんばかりだった。ホームドアの設置が急務だったが、費用の関係で全国のすべての駅に設置するのはほとんど不可能に近かった。それが202〇年頃から急速に改善されたのである。それはHOME GUARD SYSTEM(HGS) が開発されて全国のすべての駅に設置されたからである。
このシステムを開発したのは長野県にある中規模の事業所だった。そこに勤務していたT氏の考案だった。会社ではそのシステムについて研究開発を進めて全国に先駆けて画期的な製品として完成したのだった。どんな仕組みの器械なのか具体的に説明しよう。
私が駅に行くと入口で必ずアナウンスが聞こえてくる。
「HGSご利用の方はこちらへどうぞ。」というものである。その声のする方へ行くとHGS専用の小さな器械を借りられる。私はそれを服のズボンのベルトに引っ掛ける。そしてそのままホームへ進んでいく。私はホームの中ほどで電車を待つ。その時私がうっかりホームの停止線を越えたら途端にベルトにつけたHGSが反応して警告音を発する。自分がホームの危険な区域にいることがわかるのですぐに後ろに下がる。
電車が停止したらHGSは一度作動を停止する。私は電車に乗り、目的地へ向かう。目的の駅に着いたらホームに降り、私は階段を上がって駅の出口へ向かう。すると私がベルトにつけたHGSが出口で反応する。そこがHGSを返却する場所だと教えてくれる。私はHGSを返却したら駅を出て目的地へ進む・・・という仕組みである。
なぜこのようなことが可能かと言うと、ホームの黄色の線(停止線)に特殊なワイヤーが敷かれていてここから微弱な電波が出ている。ある範囲内に入ったらHGSがその電波を受けて反応するのである。ホームでの転落事故は多い。しかも視覚障害者に犠牲者が多い。ホームドアを設置するにはかなりの費用がかかるのでなかなか進まなかった。しかしこのHGSシステムはそれほど大掛かりな工事でなくても設置が可能だった。費用もかなり低く抑えられた。そのため短期間で全国の駅のホームに設置することができたのである。
今では個人所有のより多機能の受信機も販売されていて視覚障害のある人たちに好感を持って受け止められている。また電車を待っている間に誰かが停止線を越えたら構内のスピーカーから警戒音とアナウンスが流れるシステムも開発された。しかし視覚障害のある人達の場合時々方角を間違うこともあり、後ろに下がってもそっちが線路側になっている場合もある。そこでこの方式はさらに改良の余地があるとされて現在は使用中止になっている。今後いろいろな場面で視覚障害者を事故から守るためにさらに研究開発が進むことが期待されている。
本作品は作者の創作によるフィクションであり、現実に存在するものとは全く関係ありません。
・
・
・
・