「皆様、出発の準備が整いましたので大至急お席へお戻り下さい。」
機内のアナウンスがけたたましく鳴り響いていた。佐藤慎二は急いで席に着いた。すぐに「シートベルトをしっかりお締め下さい。」とのアナウンスが響いた。そんなことは言われなくてもわかっていると思ったがそうするしかなかった。
まもなく大きな轟音とともに自分の体が地球の重力に逆らっていることを感じた。3分位経っただろうか。体が急に体が軽くなって圧迫感が取れた。ようやく機体が安定飛行に移ったようだ。
「良かった。離陸する時っていつも心配なんだよ。ほんとに。」と改めて思った。
隣の席にいた男が大声でわめいた。
「畜生。なんてひどい揺れ方だ。だから俺はLCCは嫌いなんだよ。」
すると隣にいた連れ合いらしい女性が言った。
「仕方ないでしょ。料金が安いんだから。火星までたった1,000ドルで行けるんだから。」
男は納得しなかった。
「いくら安くても火山の衝撃はすご過ぎる。俺はもう少しで吐きそうになった。」
時は 2200年。この頃になると火星への旅行もごく当たり前のことになっていた。しかし近年のロケット料金の高騰に逆らうように新しいLCC(Low-cost Carrier)が始まっていた。これらの業者では経費節約のため地球からの出発基地は頻繁に爆発を繰り返している火山の噴火口に作られていた。火山が爆発する時の噴火でロケットを宇宙へはじき飛ばす仕組みだった。ロケットの下には噴火を受け止めて上昇エネルギーに変えるために、ロートをひっくり返したような装置が付いていた。噴火口の四方には高さ1000メートルの鉄塔が4本立っていた。これがガードレールのようになってロケットを垂直に上昇させる発射台の役目をしていた。これらの鉄塔は噴火の影響で損傷しないように強固に作られていた。他のロケット旅行業者の中にはロケットが上昇する時、鉄塔が四方に一時倒れる仕組みになっているものもあった。火山がいつ爆発するか正確な時間の予測はこの時代でもまだ不確定だった。そこでLCCでは乗り込んでから2、3日はロケットの中で生活しなければならなかった。いよいよ火山の爆発が近づいたとみなされると急遽出発の指示が出される。その瞬間の大騒ぎは大変であった。しかし通常のロケットによる飛行に比べると格段に安い料金が魅力的だったので利用者は結構多かった。
先程の男がまたわめいた。
「早く普通の料金のロケットに乗れるようになりたいものだ。あの轟音と揺れには全く我慢ができん!」
連れ合いの女性が言った。
「火星で一生懸命働いてお金を稼げばちゃんとしたロケットに乗れるようになるわよ。」
男は憮然とした表情を崩さなかった。
本作品は作者の創作によるフィクションであり、現実に存在するものとは全く関係ありません。
・
・
・
・