トップページ(未来の学校2050)へ

トップページ(ミルク牧場)へ

トップページ(みいちゃん)へ

トップページ(斎藤さん)へ

トップページ(75%)へ

トップページ(AI)へ

トップページ(ウォンテッド)へ

トップページ(100年後)へ

2025年1月9日(木)

75%

 海上自衛隊井上一彦幕僚長の表情は冴えなかった。彼は潜水艦隊総合司令だった。日本は四方を海に囲まれており海上警備はことさら重要である。

 自衛艦と海上航空隊による警戒体制にはことさら配備強化に努めてきた。海の忍者と言われる潜水艦隊も以前の8隻から14隻に増強され一層充実されていた。しかし思わぬ難問が生じた。

 乗り込む隊員がいないのである。新しい潜水艦ができても搭乗員がいなければどうにもならない。潜水艦では狭い空間での生活を余儀なくされる。閉所が苦手ではつとまらない。

 海のエリートとして大変人気のあった潜水艦乗りだったが今や乗船を断る隊員が急増していた。理由はただ一つ「環境が悪い。」だった。海上自衛隊の全隊員に行ったアンケートがそれを示していた。

 井上幕僚長はかつて潜水艦乗りとして一時代を築いた人物である。しかしリーダーとなった今、昔のことを理由に現在の隊員達の考えを一蹴できなかった。国の安全と防衛を考えるとこれは早急に解決すべき課題だった。

 日本には原子力潜水艦はなかった。しかし潜水艦としての役割、任務に限ると原子力潜水艦であろうとディーゼルエンジンとモーターで推進する潜水艦であろうと大きな相違はなかった。あるとすれば相手国をミサイルで核攻撃できる装備を備えているかどうかぐらいだった。

 一方その性能でいうと大きな違いがあった。原子力潜水艦はウランの核分裂を利用して熱エネルギーを電気に変えていた。特性として燃料補給無しに何年も航行できた。非原子力潜水艦ではそれには到底及ばない。

 さらに原子力潜水艦では巨大な船体のおかげで搭乗員の居住環境は申し分なかった。十分なスペースが確保されていた。非原子力の潜水艦では艦の大きさにも限界があった。潜水艦の性能を極限まで追い求めるしかなかったので新しい推進装置が装備される度に限られたスペースが使用され、居住環境は悪化の一途を辿っていた。

 長期間閉鎖空間での活動と居住を強いられる潜水艦の搭乗員にとって大きな問題となっていたことは井上幕僚長は百も承知だった。しばらく居室を歩き回っていた井上は下唇を一瞬噛み締めた。そして遠くを眺めるような目つきになった。

 山本武夫一佐は潜水艦設計担当技師だった。彼がこれまで中心となって作ってきた潜水艦は数隻あった。今彼の目の前にある指令書には「75号計画」と書いてあった。要するに原子力潜水艦の75%のパフォーマンスの潜水艦を作れという命令なのである。できれば「プラン75」とか書いてあればもっとスマートだとは思ったが、海上自衛隊では戦前からの日本語の呼び名を大事にする伝統が受け継がれていたのである。山本一佐は思案しなければならなかった。

 井上幕僚長の机には真新しい設計仕様書が置いてあった。それは山本一佐から届けられたものだった。内容は新しいエンジンを開発してそれを使用することによって原子力潜水艦の75%の性能を持つ新しい潜水艦の建造が可能であることを示していた。

 それまでは海上での航行にはディーゼルエンジンを用いて発電と蓄電を同時に行う。水中では蓄電した電気を使いモーターで航行していた。新しいエンジンでは水中での航行時は蓄電池からではなく燃料電池で得られた電気でモーターを回す仕組みである。

 水素と酸素を反応させて電気を取り出すが排出物は水だけである。それを潜水艦のエネルギーとして使おうというのである。ただし大量の蓄電池の代わりに大量の液体酸素と液体水素タンクが必要である。

 「まるで宇宙ロケットだな。」と井上幕僚長はつぶやいた。(注:液体水素を液体酸素で燃焼させて噴射ガスの反作用でロケットは推進する)

 このシステムなら水上でも水中でも常時発電できるからディーゼルエンジンはいらないし蓄電池も小型化できる。原子力潜水艦の75%の長さ、総トン数、潜水航行距離、乗組員数、そしてなによりも75%の艦内居住環境が得られるはずと書いてあった。

 そうして間もなく、山本一佐の元に新しい指令書が届いていた。そこには「新型推進器計画」と書かれていた。できれば「ロケットプラン」と書いて欲しかったと山本は思った。とにかく計画続行の許可が下りたのである。山本は思案し始めた。

 その半年後、井上幕僚長はさっきから室内を歩き回っていた。
 「まるで伊号400だな。」
 そうつぶやいた。

 井上幕僚長は少なからず興奮気味だった。山本一佐からの報告はこうだった。大型の液体酸素と液体水素の補給については画期的なアイディアが書いてあった。太平洋戦争中にアメリカ本土を空爆するために3機の水上飛行機を艦内に搭載した当時世界最大の潜水艦が日本にあった。それが伊号400である。

 通常の潜水艦の胴体にあたる部分が横に2隻くっついた形になっており、その上に水上飛行機を格納する筐体が乗っかっていた。ただ今回はその格納する筐体部分は2つくっついた船体の真下に取り付けられていた。

 ここには液体酸素タンクと液体水素タンクとその他の補給品の格納が可能なシャトルが納められる設計だった。補給船やもう一隻の潜水艦の船底から水中に送り出されたシャトルは自動的に目指す潜水艦の船底格納庫を目標にして進んでくる。こうして水中にもぐったまま新しい燃料を補給できるのである。

 大空の高いところを飛行しながら大型の給油機から燃料を空中給油されるジェット戦闘機のようである。あるいは日本から打ち上げられたロケットから必要な補給物資をISS(国際宇宙船)まで運ぶ「こうのとり」のようなものである。大空や宇宙と異なり、水中に潜ったまま燃料や必要物資の補給が可能となればこれは画期的なことである。

 「補給さえうまくいけば原子力潜水艦並みの連続潜水航行も夢ではない。」

 「これは原子力潜水艦の75%どころではない。80%以上、いや全く新しい兵器の登場だ!」

 井上幕僚長はそう思うと武者ぶるいすら覚えていた。原子力空母や原子力潜水艦は攻撃には優れている。しかし防御は苦手である。原子炉をミサイル攻撃されたら一大事である。だから原子力航空母艦は多くの軍艦で周りを警護されているし原子力潜水艦はミサイルを発射したら直ちに撤退するのである。

 ちょっとした事故で艦内に放射能が漏れただけでも大惨事となる。もちろん液体酸素と液体水素のタンクを攻撃されても大変だか原子炉の爆発に伴う放射能漏れの恐れはないのである。さらに保守・点検も原子炉に比べるとはるかに規模が小さくてすむのである。

 山本一佐のもとへ新しい指令書が届くのに時間はかからなかった。その表紙には「宇宙潜水艦計画」と記してあった。できれば「プラン:スペースサブマリーン」と書いて欲しかったと山本一佐は思った。

 それから10年が経過した。今や日本は世界有数の潜水艦大国となっていた。液体酸素と液体水素を燃料とし、燃料電池で発電してモーターで航行する20隻の新型潜水艦が日本の四方を海中から警備していた。しかし井上幕僚長の後任の佐藤一郎新幕僚長の表情は冴えなかった。

 彼は渋い面持ちで室内を歩き回っていた。なんと世界各国で日本の最新型と同じ潜水艦が続々建造される事態が生じていいた。日本に遅れること数年でそうなってしまった。明らかに日本の海上自衛隊の極秘中の極秘が漏れたとしか思われなかった。おそらく軍事専門のスパイのしわざではないかとの報告があった。

 それから数年後、世界中のほとんどの潜水艦は原子力でなく燃料電池をエネルギーとするものに代わっていた。さらに航空母艦も原子力から徐々に液体水素と液体酸素を積んで燃料電池で発電するタイプに移行しつつあった。万一攻撃を受けた時の被害の甚大さ、保守点検の容易さに世界各国の軍事専門家が気付くのに時間はかからなかった。

 世界の軍事を取り巻く情勢は変わりつつあった。軍事産業界も今や脱原子力、そして水素エネルギーの世界へと大きく変貌していたのである。

(注)

 本作品は作者の創作によるフィクションであり、現実に存在するものとは全く関係ありません。

            ・

            ・

            ・

トップページ(未来の学校2050)へ

トップページ(ミルク牧場)へ

トップページ(みいちゃん)へ

トップページ(斎藤さん)へ

トップページ(75%)へ

トップページ(AI)へ

トップページ(ウォンテッド)へ

トップページ(100年後)へ

            ・